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ダートマス会議、1956年における人工知能の議論とその50年後の研究者たちの想い

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ダートマス会議では「人工知能」(Artificial Intelligence)という言葉が初めて使われ、新しい分野を築いたとされる。現在では、人工知能の第一次ブームと呼ばれる時代に行われた後世に名を残す学者たちが集結した。この記事では、ダートマス会議が行われた背景と人物を紹介しながら、人工知能の第一次ブームが終わった原因や、会議の50年後の学者たちの回想などを解説する。

1955年に、John McCarthy(ジョン・マッカーシー)は、研究者を集めて「考える機械」について議論する場を持つことを提案した。そのための資金を提供をしてもらうために書いた提案書で初めて「人工知能」という言葉を使ったと言われている。その意味は曖昧でなるべく抽象的で特定の技術や手法に縛られない言葉が意図的に選ばれた。

その頃は、サイバネティックスオートマトンなど機械をコントロールするための研究がいくつかあったが「機械の知能」を直接的に取り扱うものではなかった。

現在では「人工知能」という言葉は一般的になっているが、当時はまだ真新しい研究分野だった。John McCarthyは研究者が協力して研究の方向性を確立する必要があると感じていた。彼が望んでいたのは、研究者たちがニューハンプシャー州のハノーバーに集って夏の2ヶ月間を議論に費やすことだった。

やがて実現された「ダートマス会議」は人工知能を新しい研究分野としてスタートさせた。そして第一次AIブームが盛り上がっていった。

1. 第一次AIブーム🔝

人類史上、我々は三つのAIブームを経験している。

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第一次AIブームは1950年代中頃に始まった。研究者たちは主に探索・推論を使ったアルゴリズムで目的がはっきり定義されている問題を解決していた。例えば、迷路ハノイの塔など。しかし、このブームは1970年代中頃に終わり、AIに冬の時代が訪れた。人工知能がやれることの限界が見え人々が失望したためだ。

第二次AIブームは1980年代に起き、エキスパートシステムが人気となった。知識表現が重要なテーマとして扱われ、オントロジーなど知識を体系化・組織化する構造的フレームワークが盛んに研究された。しかし、AIに対する熱は冷め、再びAIの冬が訪れた。

第三次AIブームは現在進行形だ。ディープラーニングはブレークスルーを起こし、大量のデータから複雑な特徴量を学習することができるようになった。画像分類やボードゲームなどのタスクではすでに人間以上の能力を発揮している。

これらのAIブームの期間や定義は誰もが一致した意見を持っている訳ではなく、人によって定義が異なる。ただし、「人工知能」は人々から熱狂的な支持を得た期間があったり、長いこと失望されままになったりを繰り返してきたのは事実である。

ところで、第一次AIブームでは人々はどれほど熱狂的だったのか?

実は、この頃からのたくさんの良いアイデアが現在でもたくさんの影響を与えている。その頃の歴史を追ってみよう。

1956年にダートマス会議が催され、「人工知能」が新しい分野として確立された。

1958年には、フランク・ローゼンブラットパーセプトロンを開発してニューラルネットワークを使った教師あり学習による二項分類がすでに可能となっていた。

ニューヨークタイムズがパーセプトロンについてこう報告している。

その電子計算機は生まれたばかりだが、やがて歩き、話し、見て、書く、さらに増殖もするし、その存在を意識することができるようになると [海軍]は期待している。(筆者訳)

the embryo of an electronic computer that [the Navy] expects will be able to walk, talk, see, write, reproduce itself and be conscious of its existence.

New Navy Device Learns by Doing. New York Times, 1958

「[海軍]は期待している」というところが何とも恐ろしい響きがあるが、それにしても期待の高さがすごいのがわかる。

1964年には、ジョセフ・ワイゼンバウムイライザ(ELIZA)というチャットボットを開発した。自然言語処理を行い入力された質問などに対して心理療法医のように返答をすることができた。たくさんの人がイライザと真の会話をしていると感じた。イライザは現在でもGNUのEmacsでM-x doctorと打てば起動することができる。

1970年にはマービン・ミンスキーは雑誌ライフ(Life Magazine)にこう述べている。

この先3年から8年で、平均的な人間に匹敵する一般的な知性を備えた機械ができあがります。(筆者訳)

“In from three to eight years, we will have a machine with the general intelligence of an average human being”.

History of artificial intelligence: the optimism – Wikipedia

マービン・ミンスキーは、彼自身の発言が誤引用されているとしているが、このような記事が乗るということだけでも期待の高さが物凄くなっていたことがうかがえる。

第一次AIブームの間、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)は莫大な資金をAIの研究に投入した。

約20年もの間、熱狂は続き、人々はAIに対して楽観的だった。

しかし、ブームは終わった。マービン・ミンスキーがブームを終わらせる原因を作ったと考える人もいる。これについてはこの記事の後半で解説する。

では、1960年代に戻って、ダートマス会議を提案した素晴らしい4名の研究者に焦点を合わせよう。

2. ファンタスティック・フォー🔝

2.1. ジョン・マッカーシー🔝

ジョン・マッカーシーはカルフォルニア工科大学の学生の頃にジョン・フォン・ノイマンの授業を受けて研究者として進む道関して大いなる刺激を受けた。

彼は、1951年にはプリンストン大学にて数学分野の博士号を取得し、1955年にはダートマス大学で数学科の助教授となった。彼の研究テーマはチューリングマシン論や機械による言語使用などだった。

やがて研究者を集めて「考える機械」に関するブレインストーミングを催すことを思い立った。大きな進歩を遂げる可能性があると考えたのだ。

しかし、まだ若い科学者だった彼には2ヶ月にも及ぶ会議を有名な科学者たちと行うための資金を集めるのは簡単ではなかった。

数年後にはプログラミング言語であるLISPするなど大きな貢献を果たし、1971年にはチューリング賞まで獲得するのだが、1995年の彼はより上級の科学者から支持を得る必要があった。

2.2. マービン・ミンスキー🔝

ジョン・マッカーシーは彼のアイデアを同年代の科学者であるマービン・ミンスキー(ハーバード大学)に相談した。

マービン・ミンスキーは1954年にプリンストン大学で博士号を取得した際に「ニューラルネットと脳モデル問題」と称する論文を発表していた。

後年、彼は科学者として成功し、スタンリー・キューブリックの1968年の映画「2001年宇宙の旅」のアドバイザーにもなった。また、1969年にはチューリング賞を受賞した。

そんな彼でも1955年ではジョン・マッカーシーと同様で駆け出しの科学者であり、知性のある機械についてのアイデアを議論し研究にたいして明確な方向を打ち出すことには賛同したが大きな会議を組織するための資金作りをするためには何らかのサポートを得る必要があった。

二人の若き科学者は協力してくれる研究者を探した。

2.3. ナサニエル・ロチェスター🔝

ナサニエル・ロチェスターは1952年に発表されたIBM初の商用コンピューターであるIBM 701を共同デザインした。彼は初めてアセンブラーを使いプログラム書くことで、それまで使われていたパンチコードや数字の羅列を使わなくて良くなった。

IBMで彼はパターン認識、情報理論、ニューラルネットなどの研究を行うグループを組織しており、IBM 704でニューラルネットの動作をシュミレーションしたりしていた。

たまたまIBMでの仕事をしていたジョン・マッカーシーはマービン・ミンスキーと共にナサニエル・ロチェスターに接近した。

2.4. クロード・シャノン🔝

クロード・シャノンは情報理論の父と呼ばれている。

1943年にはベル研究所を訪れていたアラン・チューリングに会っており1936年に発表された万能チューリングマシンの論文などを紹介され大いに影響を受けた。彼にとってはチューリングマシン論は一つの重要な研究テーマになっていた。

1948年には「通信の数学的理論」という論文を発表した。その内容の中でも、特に情報エントロピーの概念が有名だ。

ジョン・マッカーシーとクロード・シャノンは1955年に「オートマトンの理論」という年報の共同編集者しており、知り合いだった。

そんなわけで、ジョン・マッカーシーとマービン・ミンスキーは共にクロード・シャノンにも接近した。

3. ダートマス会議の提案書🔝

ダートマス会議の提案書

1955年にジョン・マッカーシー、マービン・ミンスキー、ナサニエル・ロチェスター、クロード・シャノンは資金調達のためにロックフェラー財団にダートマス会議の提案書を提出した。

この提案書では、ジョン・マッカーシーは人工知能(Artificial Intelligence)という言葉を使った。わざと曖昧で用語を選んだのは、当時存在した技術や権威に染められないようにするためだった。

彼が望んだのは「機械が模倣できる知能を定義することができる」という共通のビジョンのもとに研究者たちが協力することだった。

この研究は「学習と知性に関するあらゆる特徴を正確に記述し、それを機械が模倣することができる」という推測に基づいて進められます。(筆者訳)

The study is to proceed on the basis of the conjecture that every aspect of learning or any other feature of intelligence can in principle be so precisely described that a machine can be made to simulate it.

ダートマス会議の提案書

彼らが目指していたのは、機械が人間のように問題を解き成長する方法を見つけ出すことだった。

機械が言葉を使い、抽象的な思考を持ち、人間にしか解けないような問題を扱え、自らを進歩させることができる方法を見つけることを試みます。(筆者訳)

An attempt will be made to find how to make machines use language, form abstractions and concepts, solve kinds of problems now reserved for humans, and improve themselves.

ダートマス会議の提案書

2ヶ月の間にどれだけ達成できるかについて彼らはとても楽観的だったようだ。

慎重に選んだ科学者たちが一緒に一夏を過ごせば、いくつかの問題において重大な進展をもたらせるでしょう。(筆者訳)

We think that a significant advance can be made in one or more of these problems if a carefully selected group of scientists work on it together for a summer.

ダートマス会議の提案書

彼らは、以下の人工知能の問題を議論すると提案した。

  • 自動コンピューター
  • コンピューターが言語を使えるようにプログラムする方法
  • ニューラルネット
  • 計算量理論
  • 自己改善
  • 抽象化
  • ランダム性と創造性

この提案書では4人がおのおの研究するテーマを説明するページがあり、それぞれの思惑が垣間見れる。

3.1. クロード・シャノンの提案🔝

クロード・シャノンは二つのトピックを提案した。一つは情報理論をコンピューターに適用することだ。

情報理論における基本的な問題は情報をノイズのあるチャンネルを通して正確に伝達することです。コンピューターにおいて類似した問題は信頼性のない要素を使いながらも正確な計算を行うことになります。(筆者訳)

A basic problem in information theory is that of transmitting information reliably over a noisy channel. An analogous problem in computing machines is that of reliable computing using unreliable elements.

ダートマス会議の提案書

なんとなくアナログな人間の脳を示唆しているようにも感じる。

二つ目のトピックは、機械がどのように環境に適応していくかの研究だった。

理論的な環境とそれに適応する脳のモデルを同時に開発することで総合的な脳のモデルを研究することを提案します。ここでは環境モデルを明確にし、構造を数学で表現することに重点を置きます。(筆者訳)

I propose to study the synthesis of brain models by the parallel development of a series of matched (theoretical) environments and corresponding brain models which adapt to them. The emphasis here is on clarifying the environmental model, and representing it as a mathematical structure.

ダートマス会議の提案書

現代だったら3Dゲームのようなシュミレーションの環境を使ってその中でソフトウェアのロボットがどう適応していくかを実験するような感じだろうか。当時はそんなものはないので、もっとシンプルな環境を想定したのだろう。数式化できるようなものを考えていたようだ。

クロード・シャノンは脳のモデルを使ってオートマトンを進化させ、環境に適応できより複雑な活動ができることを望んでいた。環境モデルを内部に持つというのは次のマービン・ミンスキーも考えていた。

3.2. マービン・ミンスキーの提案🔝

マービン・ミンスキーは機械を訓練するのは難しくないと言及していた。

トライアンドエラーによって訓練され、入力に対して様々な出力ができる関数を習得するような機械を作ることは難しくない。(筆者訳)

It is not difficult to design a machine which exhibits the following type of learning. The machine is provided with input and output channels and an internal means of providing varied output responses to inputs in such a way that the machine may be “trained” by a “trial and error” process to acquire one of a range of input-output functions.

ダートマス会議の提案書

教師あり学習の先を考えていたようだが、同時に複雑な環境ではすぐにうまくいくとも思っていなかった。代わりに、彼は機械の内部に環境モデルを持つことで探索や予測を行うことができると考えた。

ある問題が与えられてときに、まず内部の抽象化された環境モデルで解決策を探索してから外部で試してみればよい。このように内部で色々試してから外部での実行を行うことではたからはとてもスマートに見えるし、このような行動がとても「想像力がある」ものと捉えられるからだ。(筆者訳)

If it were given a problem, it could first explore solutions within the internal abstract model of the environment and then attempt external experiments. Because of this preliminary internal study, these external experiments would appear to be rather clever, and the behavior would have to be regarded as rather “imaginative”

ダートマス会議の提案書

想像力とは頭の中で色々試してみることだというのは、なかなか鋭い考えではないか。いろいろ試すには思考の飛躍も必要だろう。次のナサニエル・ロチェスターの提案が関連しているように読める。

3.3. ナサニエル・ロチェスターの提案🔝

ナサニエル・ロチェスターは発明や発見にはランダムさが必要だと考えた。

環境を模倣するためのシステムはまず失敗する。よって様々な変更を重ねて満足できる結果を出せるシステムにしていく必要がある。(筆者訳)

…the engine which should simulate the environment at first fails to simulate correctly. Therefore, it is necessary to try various modifications of the engine until one is found that makes it do what is needed.

ダートマス会議の提案書

彼はとても長い提案を書き上げたので、以下に興味深い部分をまとめてリストにした。

モンテカルロの手法を拡張することでランダムさを取り入れる方法を機械で実践するのが現実的な近道だ。(筆者訳)

So far the nearest practical approach using this method in machine solution of problems is an extension of the Monte Carlo method.

機械にとってランダムさはプログラマーの見落としや偏見を打ち破るためにも必要だろう。(筆者訳)

For the machine, randomness will probably be needed to overcome the shortsightedness and prejudices of the programmer.

ひょっとしたら人間の脳の仕組みには思考のエラーがランダムさを適度に注入しているのではないか。完全に乱雑ではなく想像する効率を良くするためにランダムさを逐次コントロールしているのかもしれない。(筆者訳)

Perhaps the mechanism of the brain is such that a slight error in reasoning introduces randomness in just the right way. Perhaps the mechanism that controls serial order in behavior guides the random factor so as to improve the efficiency of imaginative processes over pure randomness.

問題を簡単に言うと、「どのようにすれば機械が問題解決の際にオリジナル性を出せるようにできるのか?」(筆者訳)

In a single sentence the problem is: how can I make a machine which will exhibit originality in its solution of problems?

ダートマス会議の提案書

実は、次のジョン・マッカーシーもナサニエル・ロチェスターと同じようなことを考えていた。

3.4. ジョン・マッカーシーの提案🔝

ジョン・マッカーシーは、単純なトライアンドエラー以上のものがないと人工知能にたどりつかないと考えた。

明らかなことだが、センサーデータから機械の活動までを関連させる際にトライアンドエラーを直接に適用しただけではうまくいかない。むしろトライアンドエラーはより抽象的な思考の際に活用されるべきだ。(筆者訳)

It seems clear that the direct application of trial and error methods to the relation between sensory data and motor activity will not lead to any very complicated behavior. Rather it is necessary for the trial and error methods to be applied at a higher level of abstraction.

ダートマス会議の提案書

彼は言葉を使うことで人間の思考が複雑な現象を扱う際に役立っていることに注目していた。

コンピューターが推測や自己意識を必要とする問題を扱うために人工の言語を使えるようになるのが望ましい。(筆者訳)

It therefore seems to be desirable to attempt to construct an artificial language which a computer can be programmed to use on problems requiring conjecture and self-reference.

ダートマス会議の提案書

彼はそのような言語を開発したかった。

これらの特性を持ち物体や出来事を記述できる言語を定義することを試みたい。そのような言語を使えば機械がゲームで遊ぶことを覚えたり、他のタスクをこなせるようにプログラムできるだろう。(筆者訳)

I hope to try to formulate a language having these properties and in addition to contain the notions of physical object, event, etc., with the hope that using this language it will be possible to program a machine to learn to play games well and do other tasks.

ダートマス会議の提案書

LISPを開発しただけあって考え方がプログラマー的だ。

3.5. 会議費用の見積書🔝

会議に必要な費用は全部で13,500ドルと見積もられた。

ダートマス会議の提案書

ロックフェラー財団は7,500ドルの資金を提供した。これによってダートマス会議(the Dartmouth Summer Research Project)が1956年に開催されることになった。

個人的な見解ですが良くそんなに出してくれたなと思う。確かに有名な科学者たちが集まるのだが、それにしても「あれやりたい、これやりたい」と書いた紙切れでしかないのに。AIブーム的な流れはすでに始まっていたのかもしれない。

3.6. 会議の参加者🔝

Wikipediaによると以下の研究者たちが会議に参加した。

ナッシュ均衡で有名なJohn Nashや後にチェッカーをプレイするAIを開発したArthur Samuelなど錚々たるメンバーが集まった。

4. 50年後の回想🔝

The Dartmouth College Artificial Intelligence Conference: The Next Fifty Years

2006年、ダートマス会議から50年後にAI研究者たちが再びダートマス大学に集まり、AI研究がどのくらい進展したのか、そしてどこへ向かっていくのかを話し合った。このイベントはAI@50と呼ばれた。

50年の間、彼らは初めてのAIブームを経験し、初めてのAIの冬を迎えた。2回目のブームが起こって2回目の冬の時代になった。そしてまだ第三次AIブームは始まっていないときに彼らは集まり回想をしながら語り合ったわけだ。

2006年というと、ジェフリー・ヒントンが制限ボルツマンマシンを積み重ねた深層信念ネットワークを開発した年だが、まだ現在のディープラーニングからはまだ程遠いものだった。

AI@50のイベント中に、ジョン・マッカーシーとマービン・ミンスキーは思い出などを語るように促された。ちなみに、クロード・シャノンとナサニエル・ロチェスターはすでに亡くなっていた。

4.1. ジョン・マッカーシーの回想🔝

ジョン・マッカーシーは当時を振り返り、オートマトンの研究がコンピューターに知性を持たせる可能性に触れもしなかったことに失望していたと述べだ。だから、科学者たちを機械による知能の研究へと導くためにダートマス会議を提案したのだと。

しかし、彼は期待外れだったと告白した。研究者たちの間に真の意味で協力の精神が芽生えていなかった。参加者は同じ時間に現れなかったし、ほとんどの人は自分の研究課題を維持することに専念していた。

肯定的な面としては、数学の証明が行えるロジックセオリストAllen NewellCliff ShawHerbert Simon)など重要な研究が行われたことに触れた。

AIがまだ下火の時代なのでダートマス会議を提案した頃の無謀とも言える情熱がないようにも感じる。チューリング賞ももらっているし、貢献してきたのだが、自分が若い頃に思っていたほどの進展がないことに少し失望していたのかもしれない。ただし、これは完全に憶測だが。

ちなみに、ダートマス会議の後にジョン・マッカーシーは言語の開発を続け、1960年にはLISPに関する論文を発表している。LISPのデザインに関してはナサニエル・ロチェスターの協力も得ていたのでダートマス会議を一緒に開催したことの良い影響だ。彼はLISPを使ってAdvice Takerというプログラムで理論的に推論を行う実験をIBM 704で行った。

ジョン・マッカーシーは50年後(2056年)について予想を尋ねられた。彼は人間並みのAIは可能だが、2056年には実現しないだろうと言った。

シンギュラリティが2045年に訪れると予測するレイ・カーツワイルのような人もいるのと比べるとやはりAI研究の進展に懐疑的だったようだ。ちなみに、レイ・カーツワイルは2029年には人工知能が人間より賢くなると考えている。

4.2. マービン・ミンスキーの回想🔝

マービン・ミンスキーは次のように述べた。

将来的の大きな進展のためには少数精鋭の研究者たちが自分の良いアイデアを追求することだ。彼らのアドバイザーがやったことを踏襲するだけではダメだ。(筆者訳)

Minsky thought what is needed for significant future progress is a few bright researchers pursuing their own good ideas, not doing what their advisors have done.

ダートマス会議の50周年、そして次の50年

マービン・ミンスキーはなぜニューラルネットの研究をやめたのかについて回想している。

1956年以前の数年間は博士論文のためにニューラルネットを研究したが継続しなかった。他の手法でコンピューターを使う方が有望だと感じたからだ。(筆者訳)

Marvin Minsky commented that, although he had been working on neural nets for his dissertation a few years prior to the 1956 project, he discontinued this earlier work because he became convinced that advances could be made with other approaches using computers.

ダートマス会議の50周年、そして次の50年

彼は人々が流行を追うばかりであることを心配していた。

今日、AIの研究で多くの人が人気のあることだけに関わり、成功だけを発表している。AIの研究が本当の科学になるためには成功だけでなく失敗も発表するようにならないといけない。(筆者訳)

Minsky expressed the concern that too many in AI today try to do what is popular and publish only successes. He argued that AI can never be a science until it publishes what fails as well as what succeeds.

ダートマス会議の50周年、そして次の50年

マービン・ミンスキーが言いたいことは理解できなくはない。しかし、なんとなく言い訳に聞こえるのは気のせいだろうか。自分がニューラルネットの研究を続けなかったことを正当化しているだけにも感じる。あくまで筆者の感想だが。

いずれにせよ、もしそれなりに影響力を持った彼がニューラルネットの研究を続けていれば、第三次AIブームはずっと早く訪れていたのではないかと思ってしまう。

言い過ぎかもしれないが、もしかしたら第一次AIブームが終わることもなかったかもしれない。彼が終わらせなかったら。

5. はじめての冬の時代🔝

1969年に、マービン・ミンスキーとシーモア・パパートは著書「パーセプトロン」(Perceptrons: an introduction to computational geometry)を出版する。その内容はニューラルネットによるAIの研究の限界を指摘するものだった。そしてAIの研究の流れが記号的AIに移っていったが、その方向の研究はやがて行き詰まる。

これが第一次AIブームの終焉を早めて冬の時代が始まるきっかけになったたと言われている。

この本の著者たちによる悲観的な予想がAI研究の方向を変えた原因だと言われている。いわゆる「シンボルシステム」に努力を注力する流れはやがて力尽きてAIの冬の時代を巻き起こした…(筆者訳)

It is claimed that pessimistic predictions made by the authors were responsible for a change in the direction of research in AI, concentrating efforts on so-called “symbolic” systems, a line of research that petered out and contributed to the so-called AI winter

Perceptrons – Wikipedia

ただし、彼一人を責めるのはちょっと行き過ぎだろう。ブームが終わったのはブームが始まるのと同じで人々による過剰な期待がバブル状態を生じさせたためではないか。そのために研究者たちも非現実的なことをついつい言わなくてはならなくなったのかも。ただ流行に乗って良いことばかり言うなとマービン・ミンスキーは言っているのかもしれない。

第一次AIの冬が始まった原因についてさらに以下のような報告もある。

AI研究者ハンズ・マラヴェクは非現実的な予想をする同僚たちが危機を巻き起こした原因だと非難した。「多くの研究者たちはみんなが大袈裟なことを言い出すという蜘蛛の巣に引っかかり逃げられなくなっていた。彼らはDARPA(アメリカ国防省)に初めから楽観的すぎる約束をしたが、実際の結果が伴わなかった。しかし、次の予算を得るためには前回よりも少ない約束を提案するわけにもいかず、どんどん話の規模だけが大きくなっていった。(筆者訳)

AI researcher Hans Moravec blamed the crisis on the unrealistic predictions of his colleagues: “Many researchers were caught up in a web of increasing exaggeration. Their initial promises to DARPA had been much too optimistic. Of course, what they delivered stopped considerably short of that. But they felt they couldn’t in their next proposal promise less than in the first one, so they promised more.”

AI winter — Wikipedia

1973年にジェームス・ライトヒルによるレポートとDARPA自身の調査によって多くのAI研究はまったく役に立たないことが明らかになった。よってDARPAは資金の提供をやめ、1974年にはほとんどのAI研究への資金が枯渇した。


さて、我々は第三次AIブームの真っ只中にいる。自動運転やロボット開発やたくさんのことにいわゆるAIが活用され始めているし、何でもかんでもAIと呼んだり、大袈裟な未来予測をする人やそれを信じる人がいる。

我々はこう自問するべきかもしれない「歴史は繰り返されているのだろうか?」と。

6. 参照🔝

Dartmouth Conference, AI in 1956

Mediumに私が書いた英語の記事で、今回の記事の元になっている。

A Proposal for the Dartmouth Summer Research Project on Artificial Intelligence (August 31, 1955)

J. McCarthy, Dartmouth College, M. L. Minsky, Harvard University, N. Rochester, I.B.M. Corporation, C.E. Shannon, Bell Telephone Laboratories

http://jmc.stanford.edu/articles/dartmouth.html

Recursive Functions of Symbolic Expressions and Their Computation by Machine, Part I

J. McCarthy, MIT, Cambridge (April, 1960).

http://www-formal.stanford.edu/jmc/recursive.pdf

The Dartmouth College Artificial Intelligence Conference: The Next Fifty Years (December 15, 2006)

James H. Moor, Dartmouth College

https://ojs.aaai.org/index.php/aimagazine/article/view/1911

Dartmouth workshop, Wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Dartmouth_workshop



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